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【代表ブログ】父の一周忌

2020.08.29

先日、父の1周忌を迎えました。
やっと気持ちが落ち着いてきました。
この1年で僕の父に対しての思いが大きく変わった気がします。

 


生前の父と僕の関係は決して良好ではなく、むしろ僕は父のことが嫌いでした。
父は昭和32年生まれの典型的な懐古主義。
昔は良かったしか言わず夜はビールとナイター、週末は1日寝ている、そんな生活の記憶しかありません。
僕はそんな父を反面教師としてずっと見ており、父が月収20万円台だったので月収30万と言うのはとんでもないお金持ちなんだとずっと思ってました。
旅行にも行けない、ゲームも買ってもらえない、そんな家庭に不満ばかり募り、父と子の会話はほとんどなかったです。

僕と父は血が繋がってない可能性があります。
僕はB型、父はA型で母はO型です。ABO型で考えると僕は父の子ではないことになります。
20歳の時に初めて献血をしてその事実を知るのですが、それを伝えた時の父の表情はとても寂しそうでした。

 

父の死は去年の夏のとても暑い日に、弟からの電話で知りました。
あまりの突然のことになかなか事実を受け入れられない自分がいましたが、49日、年末年始、お盆とあっという間に時間が経過し、少しずつ父への思いが変わっている自分に気付きました。


3年前、父の還暦のお祝いにと初めての2人旅をしました。
場所は父が20年前から行きたいと言っていた金沢。
楽しい時間を過ごし、喜んでいる顔を見てこちらも嬉しくなりました。
後で見つかった父の旅行の日記に涙が止まりませんでした。
そして先日、金沢に行く予定があったので金沢駅の近くを歩いていたのですがその風景はどこか見覚えがあり、一緒に歩いた道、一緒に食べたお店、あの時の思い出が蘇ってきました。
その時に何故か胸が苦しくなってしまい大通りを歩きながら涙が止まらなくなってしまいました。
たった2人しかいない息子の、長男の僕に嫌われていた人生はどんなに寂しいものだったのだろう。
ただでさえ友達のいない父になんて悲しいひどいことをしてしまったのだろうと、後悔と申し訳無さが溢れてきました。
両親が離婚した時も引き取ってくれたのは父だったのに。
お酒が大好きな父と結局最後まで一緒に飲むことすらありませんでした。

 

僕は父に育ててもらったんだ。
父のお陰で今があるんだ。
僕は父なしでは生きてすらいられなかったんだ。
父をバカにするどころか僕は子育てすらしていない。
今の僕の年齢の時に11歳の子供がいたのか。凄いことだな。

突然の死だったので、弟と2人で父の職場にご挨拶に行きました。
たくさんの方が父の死を悲しみ、父の仕事ぶりを褒め称えてくれました。
僕が今死んだら、一体何人の人がそう思ってくれるのだろう。
こんな素晴らしい父に育てて頂いたことに気付くのが少し遅かったのかもしれません。
最後に会ったのは亡くなる半年前くらいの幹部合宿の時で、幹部メンバーに会ってもらえたのは嬉しかったです。

 

 

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父さんへ
改めて育ててくれてありがとう。
こんな簡単なことを伝えるのに30年以上もかかっちゃったよ。ごめんなさい。
父さんは国語も算数も理科も教えてくれなかったけど、大切なことを教えてくれました。
それはどんな時でも、家族は帰る場所だということ。
バカ息子が啖呵きって出て行って、何日後かにふと戻ってきた時に、「なんか食うか?」ってまるで何事もなかったかのように迎え入れてくれること。
父さんのお陰で僕は寂しい思いをすることなく大人になることが出来ました。
僕も会社をそんな場所にしたいと思ってるし、もし僕が家庭を持つことが出来たなら、そんな家庭にしたいと思ってます。

僕はこれからも金沢に行く度に父さんを思い出すでしょう。
これが思い出なんだね。
だから一緒に出かけたり食事をしたり同じ物を見たりすることが大事なんですね。
僕がもう少し社会から認められれば、その僕を育てた父さんの存在意義も少しは大きくなるのかなと思ってます。
まだまだ未熟者ですが頑張ります。

もし、これから血縁上の父が現れたとしても、僕の父は生涯あなただけです。
今の僕の歳で11歳と9歳の子供を育ててたんだね。本当に尊敬です。
たくさん僕の為に時間を使ってくれてありがとう。

父さん、感謝してるよ。尊敬してるよ。大好きだよ。
僕もいつかはそっちに行くと思うので、その時はおばあちゃんのご飯を肴に一緒に飲みましょう。
僕も父さんに似てビールは一番搾りが大好きです。

父、遠藤洋一へ長男洋之より愛を込めて。
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僕が言うのもおこがましいですが、是非ご両親と食事へ行ってみて下さい。